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トップ画倉庫(その55)

【吾妻線川原湯温泉駅】(2014.09.01〜2014.09.30)
1967年の建設決定以来約半世紀、長期に亘る反対運動と政権交代による事業中止など紆余曲折を経た八ッ場ダムの本体工事がようやく開始することとなりました。それに先立ち、ダム湖に水没する吾妻線の岩島〜長野原草津口間は現在地南側の高台を通る新線へと切替えとなり、築70年の古い木造駅舎も9月24日をもって惜しまれつつ営業終了となりました。
一ファンとしてはレトロな案内表示が似合う枯れた木造駅舎の消失は寂しい限りですが、地元の方からすると高規格化された新線は輸送の安定化という観点からは大いに歓迎すべきところなのでしょう。様々な観点からダム建設事業への賛否が論じられていますが、今はただ半世紀近く国策に翻弄された地元の方々の生活が一日も早く安定するよう願ってやみません。
3連休という好条件ながら、訪問日の当駅は人影もなく静寂に包まれており、いつかある大旱魃の年まで、しばしのお別れの挨拶には相応しい冬の一日でした。
【四国鉄道文化館】(2014.10.01〜2014.10.31)
1964年の東京オリンピック開会直前に開業した東海道新幹線。国内はもとより世界初の高速鉄道として鳴り物入りでのデビューも、当初はひかり、こだまが毎時各1本、東京−新大阪間最速4時間というものでしたが、開業50年たった現在では、時間あたりの最大運行本数14本、東京−新大阪間最速2時間25分というまでに成長し、一日あたり40万人以上が利用する、文字通り日本の大動脈として揺るぎない地位を確立しています。その後新幹線網は拡大を続け、国内主要都市間の時間距離を大幅に短縮した反面、在来線の第三セクター化による弊害も顕在化しており、今一度施策の見直しが望まれるところです。
新幹線の生みの親と言われた旧国鉄総裁、十河信二氏を生んだ四国ですが、その後の新幹線網拡大からひとり取り残された感は否めません。館内に展示された0系車両も、軽快気動車を改造した新幹線もどきではなく、本物の新幹線が来る日を鼻もとい首を長くして待ち望んでいることでしょう。

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